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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)1490号 判決

原告 青森県販売農業協同組合連合会

被告 小和田信保 外一名

主文

被告小和田信保は原告に対して金百十七万百三十二円及びこれに対する昭和二十九年一月一日から支払のすむまで年六分の割合による金員、昭和三十一年三月三十一日の到来とともに金百十七万百三十二円及びこれに対する昭和二十九年一月一日から支払のすむまで年六分の割合による金員並びに昭和三十二年六月三十日の到来とともに金百五十六万七十六円及びこれに対する昭和二十九年一月一日から支払のすむまで年六分の割合による金員の各支払をせよ。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用のうち原告と被告小和田信保との間に生じたものは同被告の負担とし、原告と被告齊藤一二三との間に生じたものは原告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、原告の求める裁判。

「被告小和田信保は原告に対して金三百九十万四百四十円及びこれに対する昭和二十九年一月一日から支払のすむまで年六分の割合による金員の支払をせよ、被告齊藤一二三は原告に対して、東京都中央区銀座西一丁目七番の四宅地三十八坪六合及び同宅地上にある家屋番号同町四番の八木造亜鉛葺二階建店舗一棟建坪二十一坪二階十八坪(以下「本件物件」という。)につき、昭和二十八年八月十七日付抵当権設定契約に基き、同日付準消費貸借契約による債務者被告小和田信保、債権者原告、債権額金三百九十万四百四十円、弁済期金三十九万四十四円につき昭和二十九年三月三十一日、金七十八万八十八円につき昭和三十年三月三十一日、金百十七万百三十二円につき昭和三十一年三月三十一日、金百五十六万七十六円につき昭和三十二年六月三十日、利息年六分、利息の発生時期昭和二十九年一月一日、利息の支払時期元本の弁済期と同じ、元本及び利息の支払場所東京都千代田区富士見町二丁目四番地青森県東京事務所内原告東京出張所の債務の担保のため抵当権設定登記手続をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及びこの判決のうち金員の支払を命ずる部分についての仮執行の宣言。

第二、被告齊藤の求める裁判-「原告の請求は棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第三、原告の主張。

一、原告は農業協同組合法により設立された法人で、りんごジヤム等の製造及び販売を業とする商人である。

二、原告は被告小和田の注文により昭和二十八年三月二十六日から同年五月十六日までの間に同被告に対して、代金は協定価格に従つて定めることとし、代金支払期日は毎月末日とする約定で、りんごジヤム六貫入二千二百七十二鑵、三貫入百鑵、一貫入二十四鑵及び一ポンド入二万二千八十鑵を代金合計金四百三十二万六千九百四十円で売り渡した。

三、ところが同被告は同年八月に至つてもなお代金の支払を完了せず、原告に対して残金三百九十万四百四十円の支払債務を負担していた。そこで原告は、同月十七日同被告及びその兄被告齊藤と交渉の末被告小和田がこの残代金を原告から借り受けたこととする準消費貸借契約を結び、その利息は年六分、利息の発生期は昭和二十九年一月一日、元本及び利息の支払場所は東京都千代田区富士見町二丁目四番地青森県東京事務所内原告東京事務所、弁済期は金三十九万四十四円につき昭和二十九年三月三十一日、金七十八万八十八円につき昭和三十年三月三十一日、金百十七万百三十二円につき昭和三十一年三月三十一日、金百五十六万百七十六円につき昭和三十二年六月三十日とし、利息の支払時期は元本の弁済期と同じとすることを約し、同時に被告らは、この債務を担保するため原告に対して被告齊藤が所有する本件物件及び被告小和田の養母訴外小和田もとが所有する東京都足立区千住一丁目十一番地にある家屋番号同町十一番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十二坪七合五勺について抵当権を設定し、昭和二十八年八月二十七日までに抵当権設定登記手続をすることを約した。

四、ところが、この抵当権設定登記手続が期日までに行われなかつたので、同月二十七日の満了とともに被告小和田は前記準消費貸借上の債務について条理上期限の利益を失い、金額を一時に支払う義務を負うに至つた。

五、以上の次第であるから、原告は、被告小和田に対して原告に本件準消費貸借上の債務全部を即時履行することを、被告齊藤に対して抵当権設定契約に基き本件物件について抵当権設定登記手続をすることを求める。

六、被告齊藤主張の第二項の事実は認める。

第三項の事実は否認する。

第四項の事実は知らない。

第五項は争う。

七、本件特約はいずれもその所定の事実が実現されないとき、又は実現されないことが明らかとなつたときには本件抵当権が当然消滅するとの趣旨で設けられたものではなく、このような場合には被告齊藤が抵当権設定契約を取り消すことができるとの趣旨で設けられたものであり、従つて不動産登記法第三十八条にいわゆる「登記ノ目的タル権利ノ消滅ニ関スル事項ノ定」ではない。本件抵当権設定登記の際に登記簿に記載されることを要し、もしその全部又は一部が登記簿に記載されなかつたとき又は登記簿に記載することができないものであることが明かになつたときには抵当権設定契約の効力は消滅するという被告齊藤主張の約束は、たゞ本件特約のうち(三)項についてのみ結ばれたに過ぎず、(一)(二)項についてはかような約束はなかつた。

以上のような約束を附した抵当権設定契約は、本件特約が前記のとおりいずれも登記簿に記載することができないものである以上不能の解除条件を附した契約であつて、無条件の契約にほかならない。なお、被告齊藤は本件特約を登記簿に記載するための手続をとつたことがないから、本件特約が登記簿に記載されずに終つたという主張はできない筈であり、同被告主張の第四項の事実だけではまだ本件特約が登記簿に記載することができないことが明かになつたとはいえない。従つて被告齊藤の主張は理由がない。

第四、被告齊藤の主張。

一、原告主張の第一項の事実は認める。

第二項の事実は知らない。

第三項の事実は認める。

二、被告齊藤は原告と本件抵当権設定契約をするに当つて、次に述べる特約(以下「本件特約」という。)を附してこれを結んだ。

(一)  被告小和田が訴外城南信用金庫に対して被らせた損害について今後刑事事件として起訴されないこと

(二)  昭和三十二年六月三十日まで、本件物件につき第一順位の抵当権を有する者が抵当権を実行しない限り、被告小和田が、原告に対して前記売買代金支払義務の履行をしない場合も、原告は同日まで本件抵当権の実行をしないこと

(三)  原告が被告小和田に対する債権を他に譲渡したとき、本件抵当権を譲渡、転抵当その他他人の権利の目的に供したとき、破産の申立を受けたとき、及び本件抵当権が差押、仮差押仮処分を受けたときは、本件抵当権は消滅するものとし、抵当権の消滅に関する特約につき登記を経由すること

三、被告齊藤は本件抵当権設定契約をするに当つて福井地方法務局に対して本件特約がすべて登記簿に記載することができるものであるかどうかを問い合わせ、同庁から登記簿に記載することができるとの回答を受けた上本件抵当権設定契約を結んだものであるが、本件特約はいずれもその所定の事実が実現されないとき又は実現されないことが明らかとなつたときは本件抵当権が当然消滅するとの趣旨で設けられたものであり、従つてこれは不動産登記法第三十八条にいわゆる「登記ノ目的タル権利ノ消滅ニ関スル事項ノ定」である。しかも同被告と原告との間では、本件特約はいずれも抵当権設定登記の際に登記簿に記載されることを要し、もしその全部又は一部が登記簿に記載されなかつたとき又は登記簿に記載することができないものであることが明かになつたときには抵当権設定契約の効力は消滅するとの約束が結ばれていた。

四、そこで被告齊藤は本件特約を抵当権の消滅に関する事項の定として附記した抵当権設定登記申請書を司法書士に作成させたが、これを登記官吏に提出するにさきだつて、念のため東京法務局に対して本件特約が登記簿に記載することができるものであるかどうかを問い合わせたところ、同庁から登記簿に記載することはできないとの回答を受けた。

五、従つて本件抵当権設定契約は、本件特約が登記簿に記載することができないことが明らかになつたのであるから、前記の約束に基いてその効力が消滅したものであり、原告の請求は失当である。

第五、被告小和田は適式の呼出を受けたにもかゝわらず本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も全然提出しない。

第六、証拠。

〈省略〉

理由

第一、被告齊藤に対する請求について。

一、原告主張の第一項の事実は当事者間に争がなく、第二項の事実は成立に争のない甲第二号証、第七号証、証人川村喜一、藤田麟太郎、齊藤勇の各証言によりこれを認めることができ、第三項の事実は当事者間に争がない。

二、そこで、被告齊藤の抗弁について考えてみると、同被告主張の第二項の事実は当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証、同第六、七号証、同第十号証の一、二と証人川村喜一、藤田麟太郎、齊藤勇の各証言(但し証人藤田麟太郎、齊藤勇の各証言は後記の信用できない部分を除く。)、を総合すると、以下の事実を認めることができる。

被告齊藤は本件抵当権設定契約をするに当つて、本件特約所定の事実が実現されないとき又実現されないことが明らかとなつたときにはこれより本件抵当権設定契約は当然解除となり、本件抵当権が直ちに消滅するとの趣旨の下に本件特約を附加し、原告代理人藤田麟太郎もこれを承諾した。しかしながら、その際当事者間において抵当権設定登記の際に登記簿に記載することを要し、もしその全部又は一部が登記簿に記載されなかつたとき又は記載することができないものであることが明かになつたときには抵当権設定契約の効力は消滅するとの約束を結んだのは本件特約のうち(三)の条項のみについてであつて、(一)(二)の条項についてはかような約束は結ばれなかつた。

証人藤田麟太郎、齊藤勇の各証言のうち以上の認定に反する部分は、前記諸証拠特に甲第一号証と対比すれば信用できないし、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

三、従つて、問題は本件特約のうち(三)の条項が登記簿に記載することができないかどうかという点にあるのであるが、まずこの条項のうち本件抵当権に対して差押が行われたときにはこれにより本件抵当権が直ちに消滅するとの特約について検討する。

抵当権によつて担保された債権を差押えたときは、債権者は登記簿に債権の差押を記入し、これによつて抵当権の差押を公示することができる。このようにして抵当権者が抵当権の差押を受けたときは、抵当権者は最早これを処分することを禁止されるのである。ところが差押を受けたら抵当権が消滅するという特約は、この禁止の効力を潜脱していわば抵当権の放棄の効果を生じさせるのに等しいものであつて、かような特約に効力を認めるとすれば、第三者は当該抵当権を差し押えることができなくなり、第三者を害すること甚しいものである。従つてこのような特約は、少くとも第三者に対する関係においては無効であるといわざるを得ないのであつて、第三者に対する関係で無効な特約は、登記簿に記載すべきものでないこというまでもない。

四、このように本件特約のうち(三)の条項の一部が登記簿に記載することができないことが明らかになつた以上、本件抵当権設定契約は原告と被告齊藤間の前記約束に基いてその効力が消滅したことになる。

従つて、この抵当権設定契約に基く原告の本訴請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく、失当であるから棄却を免れない。

第二、被告小和田に対する請求について。

被告小和田は本件口頭弁論期日に出頭しないし、原告主張の事実を明かに争わないからこれを自白したものとみなす。そして、原告主張の事実によれば同被告は昭和二十八年八月十七日の準消費貸借により原告に対して金百十七万百三十二円並びにこれに対する昭和二十九年一月一日から支払のすむまで年六分の割合による利息及び遅延損害金、昭和三十一年三月三十一日の到来とともに金百十七万百三十二円並びにこれに対する昭和二十九年一月一日から支払のすむまで年六分の割合による利息及び遅延損害金、昭和三十二年六月三十日の到来とともに金百五十六万七十六円並びにこれに対する昭和二十九年一月一日から支払のすむまで年六分の割合による利息及び遅延損害金を支払うべき義務を負つていることが明かである。

原告は同被告が既に期限の利益を失つたと主張して以上の金員の即時弁済を請求するが、原告主張の第三、四項の事実のみでは同被告が期限の利益を失つたものとすることはできない。けだし、債務者の兄が債務者とともに同人所有の物件及び債務者の母所有の物件を担保として債権者に提供することを約束し、結局これらの物件が提供されなかつたとしても、債権者が自己の所有物件を担保に供することを約した場合と異り、債務者が兄及び母が担保提供を敢てしない以上債務者としてはどうすることもできないのであるから、この一事をもつて期限の利益を失わせることは酷に失するものと考えられるからである。

従つて、原告の本訴請求は、前記義務の履行を求める範囲で正当であるが、その余は失当であるから棄却する。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古関敏正 田中盈 山本卓)

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